相対性の連鎖を断つ

当然、ジェームスは大金を稼いでいる。そして、まわりにはそれ以上の大金持ちがぞろぞろいる。親友のひとりは(Paypal)の創始者で、何千万ドルもの財産を持っているくらいだ。しかしジェームズは、 自分の人生と比較するまわりの輪を大きくするのではなく、小さくする方法を心得ている。ジェームズはまず、ポルシェのボクスターを売って、かわりにトヨタプリウスを買った。

 ジェームズはニューヨーク・タイムズ紙にこう語っている。

ボクスターの生活を送りたいとは思いません。だって、ボクスターを手に入れたら、つぎは911に乗りたくなりますからね。その911を持っている人たちが何に乗りたがっていると思います?フェラーリですよ”。

これは、わたしたちみんなが活用できる教訓だ。人は持てば持つほどいっそう欲しくなる。唯一の解決策は、相対性の連鎖を断つことだ。

 行動経済学ブームの先駆け的著書。

先ほど述べた相対性の連鎖を断つには大凡2つ。

上記のように、比較の輪を小さくする。どうしても友人と比較してしまう人は友人の輪を狭める。ある商品と他の商品を比べて思い悩む人は、ひとたびある商品を手にすれば、他の商品のスペックや価格などを調べるのを止めるなどである。

これは非常に有効だが、どうしても対症療法的となり、欲望の過度の抑圧を伴う場合があるため、その歪みが別のところで噴出してしまいかねないリスクを背負っている。 

もう一つは、やはり不合理な己自身を良く理解しておくことしかない。比較することで生じる過度の欲望や恐怖をよく観察し、理解しておくことで、そのような局面に遭遇した場合に合理性を保てるようにしておくことができる。

ただ、これも実行するのは難しい。本書の別の章でも言及されているが、人はまるで多重人格であるかのように、外的環境や感情の起伏によって判断が揺らいでしまうものでもある。本書では、非常に優秀で常識的な名門大学生を対象に行った実験で、性的興奮状態時とそうでない時とでは意思決定に大きな違いが生ずることが証明されている。性的興奮時だけではない。人は気温、気圧、天候から太陽の黒点や月の満ち欠けに至るまでの外敵要因や、生物としてのバイオリズムや体調などの影響を常に受けており、想像以上に自己をコントロールできないものだ。

そもそも、無意識で行われる決断でさえも、ミクロレベルでは脳内神経内での電子交換に”ゆらぎ”が生じることが証明されているのだから、あまり自己の理性や合理性を信頼しすぎないことが何よりも重要かもしれない。

いずれにしても、相対性の連鎖を断つには相応の知性が必要になることは間違いないようだ。本書のメインテーマでもあるが、己の不合理性をよくよく理解した上で、出来るだけ予測可能な不合理性に対処していくことが不合理な人間にできる精一杯の対症法かもしれない。